初詣に向かいましたが、あまりの行列に日延を決定。
線路際を歩いて帰ります。神社の筈がこんな写真に(^_^;)
さてもうずいぶん前の話ですが、祖母が100歳で亡くなったとき、家にその荷物が結構回ってきたのです。ものを捨てられない家族が捨てられそうになっているものを引き取ってきたためです。ほぼ太平洋戦争開戦前から生き延びてきた品々。すごい高級品ではない。ただ大事に扱われてきて今でも使用に耐えてしまいます。
というわけでお雑煮碗は戦前の物を使っています。塗り物って丈夫ですねえ。模様も剥げていないし。高齢の父が「これ子供の頃から使ってた」と懐かしがります。
こういった品々、しかし私の代がいなくなったら当たり見回しても一人しかいない兄弟の子に全部受け継いでもらえるんだろうか。
ここまで現役でいるからにはもう十分物の霊魂が宿っていると思います。本当に大したものではないのですが、とにかく長寿で、現役で、なんだか使われないと化けて出そうです。
あ。父は家を継いでないですよ。ただ捨てられないだけ。。家が片付くわけないんです。でも実はみんなそんなものなのかなあ。
この窓へ初東雲の迫りけり
(初東雲は、言わずもがなかもしれませんが、はつしののめ と読んで元旦の曙の空のことです。だんだん明るくなってきて 初日が迫ってくる気配が厳かな感じで感動します。雲のことでなくても良いようです)